(2023年1月29日・日曜日)
富洲原で行われている29marketに行ってから、東海道を歩いて四日市に向かうことにしました。富洲原から歩いて、JR富田駅に向かいました。
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JR富田駅から南に歩いて、東海道に向かいます。途中、ネコのしんちゃんがいました。(画像正面がJR富田駅)
しんちゃんがお家に入るところでした。
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しんちゃん家の前の道を進むと、東海道に突き当たります。左折して、東海道歩きをスタートします。
ここから東海道歩きをスタートします。四日市に向かって歩きます。
東海道はここで右折します。
東海道を南に進みます。(直進)
右手に、道標が見えてきました。
「左 大矢知」と彫られています。
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東海道を南に進むと、右手に「津市元標へ拾里」と彫られた石碑があります。(四日市市富田3丁目)
東海道をさらに進みます。
右折すると近鉄富田駅へ、左折すると国道1号線へ。東海道は直進します。
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富田地区市民センターの隣、南町集会所に祀られている山の神が見えてきました。
■南町山の神(南町集会所)(四日市市富田1丁目)
富田地区市民センターの敷地内(電話ボックスの隣)にある、道標。
(四日市市富田1丁目)
「右 川越村 東洋紡績 富田一色 道」
「大正六年十月再建」
「富田の焼蛤」
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富田地区市民センターの隣にある富田小学校に、明治天皇御駐輦跡碑があります。
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東海道を南に進み、十四川に架かる十四橋を渡ります。橋を渡る前に道を右に曲がり、善教寺に向かいます。
山門が改修中でした。
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十四川に架かる十四橋を渡ります。
十四川沿いは桜並木になっています。
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十四橋を渡って約30m東海道を南に進むと、右手に常夜燈があります。(四日市市南富田町)
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東海道をさらに進むと、右手に常照寺が見えてきました。
東海道は突き当たりを左折します。突き当たりには力石があります。
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■力石(四日市市茂福町)
力石と新設用水道の碑があります。
大きい石の重さはおよそ32貫(約120kg)、小さい石は5貫(約19kg)。
大きい石には「三十二メ」と彫られています。
小さい石には「五メ」と彫られています。
新設用水道の碑
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東海道は力石の前から約70m進み、右に曲がります。
カーブを曲がると、右手に證圓寺があります。
振り返ると、正面に四日市港ポートビルが見えます。
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證圓寺から東海道を南に少し進むと、道標があります。
「左 四日市」「右 いかるが」
さらに東海道を南に進みます。
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前川橋を渡ります。(四日市市茂福町)
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前川橋を渡って東海道を約50m南に進むと、右手に茂福神社の石碑が建っています。
茂福神社はここから北西に約120m進んだ場所にあります。ちょっと離れていますが行ってみます。
明治42年(1909)鳥出神社へ合祀となり、従来からの祭りの日には御神霊を御輿(みこし)で奉迎し、現在の茂福神社を御旅所として祭りを行ってきた。昭和25年(1950)鳥出神社から分社、正式に茂福神社として再祀、祭神を旧社に奉還して現在に至る。(現地説明板より)
■茂福神社(四日市市茂福町)
太鼓橋があります。
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東海道から離れますが、茂福神社からさらに北西に約240m進み、近鉄の線路沿いにある茂福城跡にやってきました。
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茂福城跡から東海道に戻ります。途中、キジトラネコちゃんに会いました。
ゴロンゴロンしています。
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東海道に戻り、さらに南に進みます。
県道64号の下を通ります。八田三丁目西交差点を横断します。(四日市市 茂福町)
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右手に大きな常夜燈が見えてきました。
■八幡常夜燈(四日市市 八田3丁目)
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米洗川に架かる米洗橋を渡ります。
東を見ると国道1号線。中央より少し左側に、四日市港ポートビルの先端が見えています。
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この地蔵尊は金場の地蔵尊と同じ一つの石から造られた兄弟地蔵で羽津村の北入口に置かれた結界地蔵である。この地蔵は地蔵でありながら、頭は螺髪(らほつ)、手は来迎印を結ぶ阿弥陀如来の姿をしており、仏のことをよく知らない石工が刻んだものと言われている。
かつては、米洗川北岸の常夜燈の向かい辺りにあったが、昭和4年 (1929)に八幡神社 址地である現在地に移されました。(現地説明板より)
伊勢國八幡神社舊跡
この地にあった八幡神社は、一村一社制により明治41年(1908)に志氐神社に合祀され、旧社地には社名碑だけが残っています。(現地説明板より)
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東海道を南に進むと、左手に大きな松が見えてきました。
■かわらずの松(四日市市 八田1丁目)
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右手に、志氐神社の一の鳥居が見えてきました。
■志氐神社の一の鳥居(四日市市羽津町)
志氐神社は、一の鳥居から約350m北西に進んだ場所にあります。(志氐神社は行ったことがあるので今日は行きませんでした。)
■妋石(みよといし)
東海道を挟んで両側に、二つの石があります。こちらは東側の石。
西側(志氐神社の一の鳥居がある側)の石。
志氐神社一の鳥居の向かいにある登録有形文化財、森家住宅主屋・土蔵。
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森多三郎紀念碑
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東海道は左にカーブします。
少し進んで右にカーブします。
国道1号線に合流します。(右に進む)
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国道1号線を南に進みます。
反対車線側に金場地蔵堂があります。
■金場地蔵堂(四日市市 金場町) この地蔵は結界地蔵であり、羽津の集落へ疫病や禍(わざわい)が入らないにと祀られたもので、先ほど見た八幡地蔵堂(八田2丁目)にある八幡の地蔵さんとは兄弟地蔵です。
国道1号線・金場町交差点
国道1号線・金場町交差点の五叉路(ガソリンスタンドの南端)に、道標があります。
「羽津四區除雪記念」
「大正十二年一月三日」
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国道1号線を南に進みます。東海道は海蔵橋の手前で分岐し、左側の道を進みます。
国道1号線沿いに、「国宝元三大師道」と彫られた石碑があります。垂坂町にある垂坂山 観音寺への道標です。
国道1号線から分かれて東海道を進むとすぐ、左手に多度神社があります。
■多度神社(四日市市三ツ谷町)
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東海道を南に進むと、海蔵川の堤防道路に突き当たります。
堤防道路沿いにある公園に、三ツ谷の一里塚跡の碑が建っています。
■三ツ谷の一里塚跡(四日市市三ツ谷町)
海蔵川の堤防道路に出ました。橋がないので、少し上流にある国道1号線の海蔵橋を渡ります。
■海蔵橋
曇って寒くなってきたので、今日の東海道歩きはここまでにしました。ここから阿倉川駅に歩き、電車で近鉄四日市駅に向かいました。
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近鉄四日市駅から歩いて、諏訪公園に向かいました。16時まで諏訪公園や諏訪公園通り、一番街商店街、諏訪新道で「お諏訪さん市」が行われていました(16時過ぎに到着したので片付け中でした)。16時からはライブイベントがあるようです。
近鉄四日市駅(東口)のイルミネーション
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